本と美術館

私は、「可愛い女」にはなれない

 

 11月、4月に新卒で入った会社を辞めることにした。

 

私は大学で、男女の平等とは何か、をテーマに研究をしていた。

ジェンダーについての本もたくさん読んだし、日本の女性の労働の在り方の変遷についても散々調べた。労働法の変遷も学び、男女雇用機会均等法や昨今の女性が輝く社会云々についても知識を得た。

 

「女性が働くことは今でもちょっと大変なんだな」と、社会とやらを少しは知っているつもりで、そして自分はその社会に飛び込む覚悟があるのだと信じて、社会人になった。

 

でも、私はやっぱり何も知らなくて、覚悟も全くできていなかった。

世の中には、自分よりできなくて、しかも容姿が優れている女性にしか許さない男性というものがいたのだった。

 

 

  • 実力主義と言われ、それなりに稼げる業界に入った私たち女性に対して「なんで女なのにここに来たの?」と先輩たちもいる前で堂々と聞いてくる同期。
  • 研修の時に少しばかりフェミニンな服を着ていたら「そんな格好して、(指導してくださる先輩に)気に入られたいの〜?女の子はいいね〜すぐ気に入られて」と嗤ってくる同期。
  • 研修最後、私が同期内で上位の成績をいただいたことを知り「やっぱ女は贔屓されていいな」と、臆面もなく言った同期。
  • 研修の順位について「○○さん(先輩)が、女も上位に入れないとまずいからお前が上位だったって言ってたぞ」と親切にも教えてくれる同期。
  • 「あんまり仕事できると可愛くないから良くない」と有難い忠告をしてくれた同期。
  • 配属後、誰とも顔を合わせていないのに、社内で「あいつは仕事を舐めているからすぐ帰っている」と噂していた同期たち。
  • 忙しさと諸々で体調を崩して休職した私に「やっぱり女の子はこの仕事には向いてないよね」とLINEしてきた同期。
  • 「そんなに可愛くないし、(玉の輿には乗れないから)やっぱり働かないとダメなのか〜」と心配してくれた同期。

 

 

自分よりできなくて、容姿の優れた「可愛い女」はチヤホヤする。

自分よりできる人は、自分より下になるように引き摺り下ろす。できなくて容姿が優れていなければ貶して馬鹿にする。

そういう世界があるんだってことを、私は知らなかったのだ。

 

男女比の偏った同期の中では、そもそも女であるというだけで、良くも悪くも目立ってしまったというのもある。

私が何か彼等の気に触ることをしたのかもしれない。

確かに私は性格が悪い。うん、嫌われるのは仕方がない。

 

でも、それでも、たいして年の変わらない平成生まれの彼等に、なんで女であるということで馬鹿にされないといけないのか。

(浪人留年院卒などで年が上の人が多かったことは確か。多分平均年齢24くらい)

 

休職してただただベッドに寝転んで壁の模様を数えていた時、だいぶ前のドラマにはなるが、リーガル・ハイ2の3話を思い出した。

整形がバレて離婚を求められる話。その話で離婚を求められた「整形美人」が言うセリフがある。

 

 ブスはね、ブスなりに、生まれ持った自分の顔が好きなの。でも好きになれないように周りがするんだもん。

 

そう、誰だって自分のことがそれなりに好きなのだ。なのに、周りがそうできなくさせてくる。

 

 

「可愛い女」じゃないと、自分を好きになることなんてできないのかもしれない。

私には「可愛い女」になるのは無理だ。

容姿はもう今更変えられないし、整形する意気地もお金も気力もない。

できることをできないフリして生きていくなんて、悔しくて絶対に嫌だ。

 

このまま会社に残って同期に卑下する言葉をぶつけられていたら、私は私のことを、どんどん嫌いになっていくと思った。

だから、辞めることにした。

 

私は「可愛い女」にはならない。

だから、そうでなくても生きていけるところを探すことにした。

 

次の会社がどんなものかはまだ分からないけれど、2018年の最後の月、またゼロからスタートする。

絶対にいつかあいつらを見返してやるからなって思っている。言われたことのすべて、もはや笑い話だなって思っているし笑い話にしているけど、正直なところ全くもって許していない。

許せないから、いつかそいつらが「彼女は昔同期でさ〜」と、私と知り合い自慢をしてドヤ顔するようなスゴイ人間になってやろうと思っている。

見てろよ。